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フィリピン・バコロド:飛行機での「縁」が教えてくれた、人と繋がる旅の本質

フィリピン・バコロド:飛行機での「縁」が教えてくれた、人と繋がる旅の本質

サマル島での野生的な冒険を終え、ダバオに戻った私たち。次なる目的地をどこにするか考えていた時、ある男性の顔が浮かんだ。 それはフィリピン初日、マカオからダバオへ向かう飛行機の中で隣り合わせたRemy(レミー)さんだ。日本の会社と取引があり、何度も日本へ行ったことがあるという彼は、別れ際に「機会があればぜひ、私の住むバコロドへ遊びに来てくれ」とFacebookの連絡先を教えてくれていた。 「これも何かの縁。本当に行っちゃいましょうか!」 好奇心に従い、私たちはRemyさんに連絡を入れ、バコロド行きのチケットを手にした。 予期せぬ再会と、衝撃の「繋がり」 バコロドの空港に着くと、Remyさんは奥さんと息子さんと一緒に迎えに来てくれていた。 「お腹空いたでしょ?」 そう言って連れて行ってくれたのは、地元で有名だという焼き鳥(イナサル)の店。香ばしく焼かれた山盛りの鶏肉とビールを楽しみながら語り合っていると、驚くべき事実が発覚した。 なんと、Remyさんの奥さんは、かつて私が住んでいた日本の地方都市で働いていたというのだ。「え、あそこで!?」と、異国の地で共通のローカルな話題で盛り上がる。世界は広いと思っていたけれど、同時にこんなにも密接に繋がっている。その不思議な縁に、私たちはただただ圧倒された。 年齢を超えた「人生の楽しみ方」 翌日は、Remyさんが行きつけの日本料理屋へ。その後、友人たちが集まるバーが立ち並ぶ歓楽街へと繰り出した。 ウイスキーを傾けていると、Remyさんの仲間たちが次々と集まってくる。彼らはおそらく60代から70代。けれど、誰もが驚くほど若々しく、仲間と語らい、音楽を楽しみ、今という瞬間を全力で謳歌していた。 海外の旅の素晴らしいところは、年齢の壁を越えて、すぐに心の距離を縮められることだ。Remyさんの仲間たちの中に混じり、笑い合っているうちに、私の中にあった「年齢相応の生き方」という固定観念が、心地よく崩れていくのを感じた。 観光では見えない「生きた声」 旅をしたところで価値観なんて変わらない、という意見も確かにある。 有名な観光地を回り、高級なレストランで食事をするだけの「点」の移動であれば、そうかもしれない。けれど、現地の人々と対話し、彼らの考え方や暮らしの哲学に触れることは、必ず心に何らかの変化をもたらす。 Remyさんとはその後も連絡を取り合い、日本での仕事を少し手伝ったりもした。こうした一過性ではない繋がりこそが、単なる「景色」だった場所を、自分にとって「大切な思い出の地」へと変えてくれるのだ。 旅は、心を豊かにするプロセス 人々との出会いは、何ものにも代えがたい財産だ。 現地の人たちの生きた声を聞くことで、自分の知らない世界の広さを知り、同時に自分の生き方を問い直すきっかけをもたらしてくれる。 バコロドでの日々は、私たちに「旅の本当の魅力」を再認識させてくれた。 これからもporterraと共に、私たちは世界中の「縁」を探しに、まだ見ぬ地へ一歩を踏み出し続けていきたい。

フィリピン・サマル島(後編):野生の鼓動と、海亀が教えてくれた共生の形

フィリピン・サマル島(後編):野生の鼓動と、海亀が教えてくれた共生の形

※この記事では、執筆者の浦野を「祥吾」、創業者の井桁を「ハンさん」と呼び合っています。 前編では、台風を避けて辿り着いたサマル島で、漁師のNanaさん一家と出会い、「幸せの尺度」について考えさせられたエピソードをお伝えした。 Nanaさんと別れた後、私たちは再びバックパックを背負い、島を一周する歩き旅を再開した。 宿のホスト・Jemと「海亀」の噂 じりじりと照りつける太陽の下、アプリで見つけたその日の宿を目指して歩き続けた。辿り着いた宿で、ホストの女性・Jemが差し出してくれた冷たい水が、乾ききった体に染み渡った。 宿には一頭の犬がいて、私たちの他にはゲストもいない。裏手には宿泊者専用のプライベートビーチが広がり、そこには自由に使えるカヌーが置かれていた。 Jemと話していると、彼女がふとこう言った。「このあたりの海には、海亀がいるわよ」。 その一言で、私たちの次の目的が決まった。海亀と一緒に泳ぐこと。それは、この自然豊かな島での最高の冒険になるはずだった。 カヌーでの決死行:自然の猛威を知る 翌朝、本土に停滞する台風の影響か、空はどんよりとした雲に覆われていた。 Jemから「数キロ先に見える小さな島の周りに海亀がいるかもしれない」と聞き、私たちはカヌーで出発した。前にはハンさん、後ろには私。 しかし、前日の穏やかさが嘘のように、海は荒れていた。高い波に翻弄され、どれだけ必死に漕いでも一向に前に進まない。 「ハンさん、サボらないでくださいよ!」 最初はそんな冗談を言い合っていたが、次第に笑い声は消えた。潮流に流され、自分たちが今どこにいるのかも分からなくなる。戻れるのかという不安が胸をよぎった私たちは、島行きを断念し、必死の思いで宿の方角へとカヌーを向けた。 ようやく辿り着いたのは、宿から数百メートルも離れた見知らぬ浜だった。 自然を甘く見てはいけない。思い通りにいかない不自由さもまた、旅の一部であることを私たちは身をもって学んだ。 ついに訪れた、静かなる出会い それからさらに2日後、私たちはサマル島で最後となる宿に辿り着いた。 玄関のドアを開けると、そのまま海へと繋がっているような素晴らしいロケーション。私たちは到着して早々に、三度(みたび)海へと潜った。 美しいサンゴやヒトデの間を泳いでいると、視界の端に何かが動いた。 「ハンさん!いた!」 興奮で声を上げたが、その姿はすぐに深い青の中へと消えてしまった。 翌朝、管理人の「海亀は早朝によく来る」という言葉を信じ、私たちは露店で買った簡単な朝食を済ませてすぐに海へ入った。すると、その瞬間は突然訪れた。 「海亀……!」 今度は、すぐ目の前にいた。触れそうなほど近くを、悠然と泳ぐ海亀。あまり刺激しないよう、私たちはゆっくりとその姿を追いかけながら、静かに一緒に泳いだ。 観光地化されないでほしいと願う理由 海亀は、どこか特別な場所にしかいない生き物だと思っていた。 けれどこの島では、すぐそばに住民がいて、そのすぐ隣の海に彼らが当たり前のように暮らしている。 長年続いてきた「自然と共存する生活」が今も残っているからこそ、この奇跡のような光景が守られているのだと感じた。 「この場所が、どうかこのまま変わらないでほしい」...

フィリピン・サマル島(前編):その日暮らしの先に見た、絶対的な幸福のカタチ

フィリピン・サマル島(前編):その日暮らしの先に見た、絶対的な幸福のカタチ

※この記事では、執筆者の浦野を「祥吾」、創業者の井桁を「ハンさん」と呼び合っています。 2024年10月24日。私たちはフィリピンのマニラで合流した。 今回の旅もまた、行き先は決まっていない。バックパックのフィールドテストを兼ねて、好奇心だけを燃料に「とりあえず行ってみよう」と飛び出した冒険だ。 雨雲レーダーで見つけた「晴れ間」への脱出 しかし、マニラに着くと大型台風がフィリピン全土を襲っており、先1週間はずっと大雨の予報だった。 「このまま雨の中にいてもフィールドテストにならないし、何より楽しくないよね」 ホテルでハンさんと作戦会議を開き、雨雲レーダーを何度も更新していると、奇跡的に雨雲がかかっていない島を見つけた。それが、フィリピン南部に浮かぶ「サマル島」だった。 私たちはすぐに翌朝のダバオ行きの航空券を予約した。その夜、大雨の中ようやく手に入れたカップラーメンを啜りながら、「明日は晴れるだろうか」と期待を抱いて眠りについた。 輝く海と「5日間の歩き旅」の決意 翌朝、ダバオからフェリーに揺られて辿り着いたサマル島。バイクタクシーの熱烈な営業に歓迎された。 観光地化がほとんど進んでいないその島は、海が驚くほど透き通っている。その美しさに心を奪われた私たちは、ある無謀とも言える決断をした。 「5日間かけて、島を1周歩いてみよう」 バックパックひとつで知らない島を歩く。少しハードな距離ではあったが、その不自由さが、今の私たちには最高に贅沢な冒険に思えた。期待に胸を膨らませ、私たちは歩き始めた。 Nanaと漁師一家との出会い 道中、変わり映えのない一本道を2時間ほど歩き続けた頃、一人の女性が家から声をかけてくれた。彼女の名前はNana。 漁師の夫と息子の3人で暮らす彼女は、汗だくで歩く旅行者の私たちを見て、「何かしてあげられないか」と心配して声をかけてくれたのだという。 彼女は、旦那さんが持つ小さな漁船に乗せてくれると申し出てくれた。私たちはその厚意に甘えることにした。 エンジンの音が響くボートで、透明な海へと滑り出す。家の周りの海で泳がせてもらう時間は、都会の喧騒とは無縁の、静かで豊かなひとときだった。 「その日、必要な分だけ」を買う生活 「もしよかったら、料理も作ってあげるわ」 Nanaの申し出に、私たちはぜひにとお願いした。一緒に買い物へ行き、お米や油、そして新鮮なイカを買った。 そこで驚いたのは、彼らの買い物の仕方だ。日本のように数キロ単位でお米を買うのではなく、彼らはその日に使う分だけを小分けにして買う。まさに「その日暮らし」のスタイル。 彼らの家には屋根が一部しかなく、経済的には決して裕福な部類ではない。けれど、異国からの訪問者を心から楽しませたいという彼らの思いは、私たちの想像をはるかに超える温かさに満ちていた。 シンプルな料理が教えてくれた「幸せの尺度」 キッチンに並んだのは、炊き立ての白米と、油と塩、ガーリック、チリでシンプルに炒めただけのイカ。 お世辞抜きで、それは人生で食べたどの料理よりも美味しかった。 食卓を囲みながら、お互いの国のことや家族のことを語り合った。Nanaたちの夢は「今よりもっと大きな船を買うこと」だという。 彼らと一緒に過ごす中で、私は改めて強く感じたことがある。多くの人が自分の幸せを他人の尺度で決めているのではないだろうか、ということだ。 本来、幸せとは他人と比べて決めるものではなく、自分自身の尺度で決めるべきはずだ。情報社会となった今では簡単なことではないかもしれない。けれど、相対的ではない「絶対的な幸せ」を見つけることができれば、きっと彼らのように明るく、希望を持って毎日を生きていけるのではないか。 旅は生き方に影響をくれる...

インド・カリンポン:偶然の重なりが教えてくれた「旅」の真髄

インド・カリンポン:偶然の重なりが教えてくれた「旅」の真髄

※この記事では、執筆者の浦野を「祥吾」、創業者の井桁を「ハンさん」と呼び合っています。 旅は、目的地に辿り着くことだけが目的ではない。 むしろ、目的地に辿り着けなかったからこそ出会える景色や人々がいる。インド・カリンポンでの経験は、私にそんな「旅の真髄」を教えてくれた。 絶望からの方向転換:シッキムへの憧れ ダージリンでの滞在を終え、一旦シリグリに戻った私たち(祥吾とハンさん)は、次なる行き先を検討していた。Googleマップを眺めていて目に飛び込んできたのが「シッキム」という地名だ。 調べてみると、そこには壮大な自然環境が広がっているらしい。さらに、外国人の立ち入りには特別許可証が必要だという。その「行きにくさ」さえも、他ではできない体験ができる証拠のように思え、私たちの冒険心は最高潮に達していた。 意気揚々と許可証の発行所へ向かった私たち。しかし、そこで衝撃の事実を告げられる。 「今は大雨による洪水で道が通行止め。シッキムには行けないよ」 その日のニュースになるほどの激しい洪水。諦めるしかなく、肩を落として立ち尽くす私たちに、窓口のスタッフのおばちゃんたちが優しく声をかけてくれた。「カリンポンなら今でも行けるわよ」。 その親切な言葉を信じ、私たちは行き先を急遽変更。その日のうちにカリンポン行きのバスに飛び乗った。 濁流の横を抜けて、未知の街へ 聞いたこともない街、カリンポン。 バスは想像を絶する悪路を進む。窓の外を見ると、洪水の爪痕が生々しく残り、すぐ隣を巨大な川が濁流となって渦巻いていた。いつ崩れてもおかしくない道。正直、恐怖で生きた心地がしなかった。 しかし、命からがら辿り着いたカリンポンは、これまで見てきたインドとは全く違う世界だった。中国に近い影響からか、人々の顔立ちも、並んでいる料理も、どこか東アジアの香りがする。 初めての日本人ゲストとして カリンポンに滞在した2日間、私たちは一晩だけ現地の人の家に泊めてもらった。 3世代が同居するその大家族は、初めての日本人ゲストである私たちを、家族のように温かく迎え入れてくれた。 カリンポンのこと、家族のこと、そして私たちのこれまでの旅のこと。言葉の壁を越えて、夜遅くまで語り合った。行くまでは名前すら知らなかった場所で、偶然の重なりがなければ出会うことのなかった人々と、心を通わせる。 これが「旅」だ 計画されたツアーでは決して味わえない、この「予期せぬ出会い」こそが旅の面白さだ。 自分たちの足で、自分たちの直感で進むからこそ、自分たちだけの経験が生まれる。 目的地に辿り着けなかった「失敗」が、結果としてかけがえのない思い出へと変わる。 カリンポンの家族の笑顔を思い出すたび、私は思う。 旅は、予定通りにいかないからこそ、人生を豊かにしてくれるのだと。

インド・ダージリン:湿度100%の混沌と、泥河に飛び込んだ代償

インド・ダージリン:湿度100%の混沌と、泥河に飛び込んだ代償

※この記事では、浦野を「祥吾」、井桁を「ハンさん」と呼び合っています。 バングラデシュでの濃密な3日間を終え、私は次なる目的地、インドへと向かった。コルカタの空港でハンさんに合流。 今回の旅には、もうひとつの目的があった。試作段階のバックパックを背負い、過酷な環境下でどれだけストレスなく旅ができるかを確認する「フィールドテスト」だ。私たちは地図を広げ、紅茶の産地として名高い「ダージリン」という名を見つけた。「本場でダージリンティーを飲もう」。そんなシンプルな好奇心だけを胸に、北へと向かうことに決めた。 「たらい回し」という名の洗礼 コルカタの街は、呼吸をするのも苦しいほどの湿気と熱気に包まれていた。ダージリンへの足掛かりとなる都市、シリグリ行きの列車チケットを手に入れるため、私たちは駅へと向かった。 しかし、ネットの情報は役に立たず、駅員らしき人に尋ねてもあちこちへたらい回しにされる。うだるような暑さの中、全身からは滝のような汗が吹き出し、体力をじりじりと削っていく。 「便利さ」が当たり前の日本とは違う。ここでは、何かを成し遂げるたびに、全身のエネルギーを使い果たすような覚悟が必要だった。 泥河へのダイブと、突きつけられた現実 駅のすぐ隣を流れる川。それはお世辞にも綺麗とは言えず、生活排水がそのまま流れ込んでいるような、独特の臭いを放っていた。 あまりの暑さに耐えかねたハンさんが、川で水浴びをする現地の人々を見て言った。「俺も入りたい」。 「絶対にやめておいた方がいいですよ」と止める私をよそに、彼は笑って答えた。 「大丈夫だよ。入らないと祥吾も絶対後悔するよ」 荷物を私に預けると、彼はパンツ一丁でその泥色の川へと飛び込んだ。自慢げに泳ぐ彼の姿を見ながら、私は「ああ、この人は本当にハンさんらしいな」と、呆れを通り越して妙に納得してしまった。 その後、列車の時間まで体を休めようとKFCへ入った。冷房の効いた店内で、向かいに座ったハンさんの顔を見て、私は思わず声を上げた。 「……ハンさん、目が真っ赤ですよ」 「えっ」と驚き、鏡を見て焦り始めるハンさん。急いでトイレに駆け込み目を洗っていたが、時すでに遅し。その後の旅路で、彼はしばらくの間、発熱と頭がぼーっとする倦怠感に悩まされることになった。 私が後から「後悔してます?」と聞くと、あの時の勢いはどこへやら、「……入るんじゃなかった」とすっかり弱気になっていた。申し訳ないけれど、そのギャップに少しだけ笑ってしまった。 ぎゅうぎゅう詰めの車を越えて 体調不良のハンさんを抱え、私たちはなんとか列車に乗り込み、シッキム近郊へ。そこから現地で乗り合いの車を予約したが、ここでもインドの洗礼を受ける。 8人乗りの車に、無理やり詰め込まれたのは10人。文字通りぎゅうぎゅう詰めの状態で、私たちの相棒であるバックパックは、車の上に無造作に縛り付けられて揺られていた。 辿り着いた先の一杯 険しい山道を越え、ようやく辿り着いたダージリン。 標高が高く、これまでの湿熱が嘘のように涼しい空気が私たちを包んだ。お目当てのダージリンティーを口に含んだ瞬間、これまでの混沌とした道のりが全て報われたような気がした。 苦労して手に入れたチケット、泥河での失態、ぎゅうぎゅう詰めの車。 スムーズな旅では決して味わえない、この「辿り着いた喜び」こそが、本場の紅茶を世界で一番美味しい飲み物に変えてくれた。 旅は、思い通りにいかないからこそ、面白い。 真っ赤な目で紅茶を啜るハンさんを見ながら、私はそう確信した。

バングラデシュ・ダッカ:数字とデータを超えた先にあった「本当の豊かさ」

バングラデシュ・ダッカ:数字とデータを超えた先にあった「本当の豊かさ」

2024年6月13日から15日。私は一人、バックパックを背負ってバングラデシュの首都・ダッカに立っていた。 なぜ、ダッカだったのか。 「アジア最貧国」「人口密度世界一」「平均年齢20代」。 ネットや本で見かけるそんな情報を、自分の肌で、目で、確かめたかった。世界で最も過密で、最も若いエネルギーが渦巻く場所で、人々はどんな風に笑い、生きているのか。それを見ずにはいられなかったのだ。  空港で見つけた「自分の中の当たり前」 アライバルビザで入国した空港。見渡す限り、外国人は自分以外には中国人が数名程度。街を歩いていても、滞在中に出会った外国人はわずか1〜2人だった。 最初の試練は、配車アプリで呼んだタクシーを見つけることだった。アプリには車のナンバーが表示されるが、一向に見つけられない。よく見ると、車のナンバープレートの数字が、私が知る「ローマ数字」ではなかったのだ。 「数字は世界共通だ」という自分の中の思い込みが、旅の始まりに脆くも崩れ去った。世界には、自分の知らないルールがまだたくさん眠っている。その事実に、少しの戸惑いと大きな高揚感を覚えた。 5億円の邸宅と「Hello, Sir」の響き 今回、Airbnbで選んだのは市街地にある一軒家だった。 オーナー夫婦はカナダでビジネスを成功させ、故郷であるダッカに戻って新たな事業を営んでいるという。その邸宅は、現在5億円もの価値があるというから驚きだ。 一歩外に出れば、リキシャを懸命に漕いで日銭を稼ぐ人々がいる。オーナーが街を歩けば、多くの人が「Hello, Sir」と敬意を込めて声をかける。日本では想像もできないほどの大きな貧富の差が、そこには日常として存在していた。 ゴミの中の笑顔、レンズ越しの幸福論 ダッカ大学を卒業した現地ガイドに案内してもらい、街の深部へと足を踏み入れた。 凄まじい人の数と、発展途上国特有の道端に散乱するゴミ。環境としては決して恵まれているとは言えない。しかし、そこで出会う人々の表情は驚くほど明るかった。 カメラを首から下げていると、あちこちから「撮ってくれ!」と声がかかる。彼らは最高の笑顔でポーズを決め、撮り終えると満足そうに去っていく。 経済的には決して豊かではないかもしれない。それでも、彼らの瞳には迷いのない「今」を生きる力強さがあった。「幸せとは、経済的な豊かさと必ずしも比例するものではない」。そんな使い古された言葉が、生きた実感として私の心に深く突き刺さった。 甘すぎる日常と、火を食う体験 食事はやはりカレーが中心だ。 ランチの後、ガイドが連れて行ってくれたデザート屋さんは、不思議なことに客が男性ばかりだった。それも若者ではなく、おじさんたちが熱心に、脳が痺れるほど甘いスイーツを頬張っている。 さらに、現地の人が好んで食べる「ファイヤーパーム」にも挑戦した。文字通り火がついた状態で口に放り込まれるその食べ物は、なんとも言い難い不思議な味がしたが、「ここでしかできない体験」をしているという事実が、何よりも楽しかった。 旅の終わりに わずか3日間の滞在。バックパックひとつで飛び込んだ混沌の先には、本や動画では感じることのできない世界が確かに存在していた。  

【旅ブログ】カンボジア|Shiori

【旅ブログ】カンボジア|Shiori

【旅ブログ】カンボジア|Shiori 旅の動機   最初は世界一周するつもりだったが、一つの国の一都市だけを見て、その国を知ったような気持ちになりたく無かったから。せっかく行くのであれば、しっかりとその国を見てみたい。その気持ちから、浅く世界一周するよりも、深くアジアの国を周りたいと思い、アジア集中の旅の仕方へ変更。1カ国で3箇所回ったり、主要都市は全部回ったりした。 遺跡群の中 Episode.1 アジア最悪のルートとアンコールワット 私の価値観が変わったと感じる国があって、そこについてお話しようかと思います。  おすすめの旅行先を教えて欲しいという理由から「もう一度行きたい国はどこですか?」という質問はよく聞かれるんですが、楽しかった、面白かった、という観点ではない部分で言うと、想像とは違って行ってよかったと思ったのがカンボジアなんですよね。  カンボジアは大学生のNPO・NGO団体のボランティア活動で行く国としてよく名前を聞きますが、最初は「貧困」っていうイメージがあって。 カンボジアの首都とアンコールワットに行きたかったので、シェムリアップとプノンペンに行くことにしました。 まずアンコールワットのあるシェムリアップから行ったんですが、タイから陸路でバスに乗って行きました。   ーー陸路で行ったんですね! そうです、アジアの中だと、タイからカンボジアにいく国境って最悪のルートって言われているんです。詐欺とか、犯罪が横行しているルートなんですよね。 陸路で国境を渡る時にビザを取るんですけど、ちゃんと仲介業者を選ばないと騙されて違う部屋に連れて行かれて、「ここを通りたかったら全額だせ」とか「今持ってる有り金だせ」って言われることがあって。   ーー怖いですね。 友人のなかにはそのような被害に遭ったっていう子がいたんですけど、私は特にそういう目には合わず、そのまま無事に陸路でカンボジアに入国しシェムリアップにいって、アンコールワットに行くことができました。   ーー陸路でカンボジアに入った時の印象はどうでしたか? タイからカンボジアに入った瞬間の、荒廃具合がすごくて。 「現代なの?」っていうくらい、道路はもう全然舗装されていないから土埃がすごいし。 通って行くときに、タイを朝ぐらいに出て、シェムリアップには夕方くらいに着く予定だったんですけど、夕方になるにつれてだんだん暗くなって行くんですよね。もちろん外灯とかもないし、建物に電気が通ってないところが多いので、家がバーっと並んではいるんですけど、もうどんどんどんどん暗くなっていくんです。  人が住んでいる形跡はあるから廃墟ではないんですけど、なんかこういう生活をしている人がまだこの現代にいるんだって思って。テレビとかでみて想像はできていたけど、実際に生で見ると衝撃でした。 そのままシェムリアップの市街に入っていきましたけど、シェムリアップの市内も、ほんとに数キロ圏内だけが栄えているんですよ。一歩、そのエリアから出るとすごい貧困地域で。 アンコールワットって華々しい印象があるからその落差に衝撃でした。   ーー確かにアンコールワットだけが切り取られがちなので、その豪華なイメージが先行してしまっているかもしれません。 でもアンコールワットから見た日の出はすごく神秘的で綺麗で、これは本当に見ておいて良かったなと思いました。...

【旅ブログ】ジョージア|Ayanee

【旅ブログ】ジョージア|Ayanee

【旅ブログ】ジョージア|Ayanee   旅の動機   急に取れた11日間の休暇。「行ったことのない国でクラフトビールを飲む旅をしたい!」とGoogle検索したら「アジア地図」のすみっこに「ジョージア」発見。知らない国だったため興味をそそられて「旅しよう」と決意! Episode.1 ノープランだからこそ旅の楽しみが広がる   ーーついに「アルメニアの旅」から目的地ジョージアへ出発ですね!    A:はい!小型の乗合いバンに6時間ほど揺られて、ジョージアの首都トビリシに到着しました。   ーーでも・・・Googleで検索したらたまたま目に入ったジョージアに行くって。旅先を探す時点から、本当にノープランなんですね(笑)    A:確かにそうですね(笑)。そもそも「11日間の休みがとれた!行ったことない国に旅したい!」って思ったのがきっかけだったので・・・ 「そこまで長い期間でもないし、行くなら近いアジアかな。でも、行ってないアジアの国ってどこだろう?」 と思って「アジア 地図」とGoogle検索したのでした。 そしたら、地図のすみっこに『ジョージア』って文字が見えたんです。 実はそれまで、その国の存在すら知らなくて・・・ 「え?ジョージアってアジアなの?ヨーロッパ系みたいな名前じゃない?!」という印象から、気になって調べ始めました。 そしたらアルメニア、アゼルバイジャン、ジョージアの3カ国で”コーカサス3国”と呼ばれてるんだ!と判りまして。アゼルバイジャン人の良い人に何人も出会ったことがあり、良いイメージを持ちました。    そしてクラフトビールが大好きな私・・・「ジョージアにもクラフトビールはあるの?」と探ってみたんです。     ーーさすがですね (笑)。クラフトビールは実際あったんですか?    A:はい、ありました!「こんな小さな国でもクラフトビールがあるんだ!!」と感動して、次の瞬間にはチケットの手配を進めていました(笑)    ただ、貯まっていたマイルで往復航空券を買いたかったのですが、マイル数が足りなくて。...

【旅ブログ】アルメニア|Ayanee

【旅ブログ】アルメニア|Ayanee

【旅ブログ】アルメニア|Ayanee   旅の動機   突然、11日間の休暇が取れたので「近場で行ったことのない国に旅してみたい。まずはジョージアに行って、ついでに隣の国も旅しよう。アルメニアにも行ったことがないから訪ねてみよう!!」ということでリュック1コでふらりと出かけた旅でした。 Episode.1 信じる?信じない?   A: はじめまして!クラフトビール大好きな旅人ビアチューバー(ビールのYouTuber)あやねえです。 ーーこちらもクラフトビール用意してます(笑)  A:おぉ~旅の話をしながらのビールは最高ですね!乾杯しましょう!  ーー(Zoomの画面越しに)乾杯!まずは・・・アルメニアの旅でトラブルはなかったんですか? A:ええと・・・ありましたね。実は私、かなりの方向音痴なんです。 アルメニアに到着後、早速道に迷ってホテルの場所がわからなくなりました。日本から持ってきた携帯電話の電波もうまく繋がらず、途方に暮れて、ホテルがあるはずの場所辺りを3周位まわり続けていたら…道端に停車していた車の窓がすーっと開いたんです。 車に乗っていたのは、その近所に住んでいた現地のおじさんでした。 「どうしたの?」と聞いてくれたので、すがる思いで「ここに行きたいんです」とホテルの住所を見せると「え?すぐ近くだよ、その道を歩いていけば着くはずだけど?」と教えてもらい、その通り歩いたんですが・・・そのまま4周目に突入してしまいました(笑) で。道を教えたにもかかわらず、まだ迷って困り果てていた私を見かねたおじさんは「ホテルの電話番号貸して!」と自分の携帯で電話でしてくれ、場所を確認してくれまして。 「ほら乗って!車で1分もかからないから、送ってあげるよ!」と言ってくれて・・・そのまま送ってもらい、無事に宿に到着しました…ほんとに1分位でした(笑)  あっもちろん、海外でいきなり「送るよ」と言ってくる人全てを信じてしまうのは良くないし、危ないことだと思います。また旅先だけでなく、実は日常生活でも、自分のアンテナをしっかり持って、そのうえでいろんな判断をしたり人を信じることが大切だったりしますよね?   あの時は「自分の近所を歩き回っている私を見かねた」に違いない、おじさんの優しさを素直に信じることができました。「困った旅人を助けたい」という、心からの申し出だって判ったです。 ーーどうしても困ってる時って、助けてくれる人が現れることが多い気がしますね。 A:本当にそうですね・・・あの時、おじさんが声をかけてくれなかったら、私は永遠にホテルに辿り着けなかったかもしれない(笑)本当に本当に感謝しています! Episode.2 「好き」を発信すると楽しさは倍増 ーービールがお好きということですが、どこかビールが飲める場所にも行きましたか? A:まず最初に、アルメニアの首都エレバンにある人気のクラフトビールパブに行きました。そこは、飛行機で隣に座った女性が「へぇ~ビールの旅をしてるのね?!じゃココに行くと良いわよ!」って教えてくれた場所。 お店に着くと、カウンター席が1つだけ開いていたのでそこに座って飲んでいるうち、隣の人たちとも自然に仲良くなりました。その人たちは、お店のスタッフさん、ロシア人の方(元従業員)だったんです・・・そんなこともあり、2人がお店のビールについて詳しく教えてくれました。 「エレバンの他のパブでも、この店のオリジナルビールを置いている店が多いんだ。いろんな店を楽しんで来なよ」って言ってくれ・・・その言葉通り、いろ~んなパブ巡りしました。 ーー「自分の『好き』を周りに発信することで、新しい人や新しいお店と出会える」ってありますよね。そのビールパブも、機内で隣の方に話しかけた結果、出会えた場所ということですもんね。 A:そうなんです・・・あれ?お姉さんが話しかけてくれたのかな?どちらにしても、そういうチャンスはモノにした方がと旅では楽しめますよね(笑)...

【旅ブログ】グアテマラ|Ayumi

【旅ブログ】グアテマラ|Ayumi

【旅ブログ】グアテマラ|Ayumi 2021.04  旅の動機    元々スペイン語の勉強を少しづつしていて、グアテマラ·アンティグアがスペイン語のプライベートレッスンが格安で受講できるという情報を見つけ、グアテマラに2か月行くことに決めました。レッスンの傍ら、グアテマラ津々浦々探索しました。 Episode.1 人間も自然の一部   ーーグアテマラには火山があるそうですね。 Ayumi:はい、グアテマラには有名な観光名所の一つとしてアカテナンゴ山があります。頂上からのフエゴ火山噴火を見るために、2日間に分けて、およそ10カ国から集まったツアー客と共に、出発地点から頂上まで9時間のハイキングに挑みました。 ーー10ヶ国もの国々から集まっていたんですか?それは面白い出会いがありそうですね! Ayumi:ツアー参加者のバックグラウンドは本当に様々で、登山中も話に花が咲きました。 コロナの閉塞感の上に息が詰まる弁護士の仕事でプライベートがなくなり、自分のバランスを取り戻すために、南米に飛んできたスウェーデンの女性。コロナで勤める飲食店が長い間閉鎖になり、自粛期間中に自身の情熱であるヨガの先生になる夢を志し、講師養成のトレーニングに来たフランスの女性。大学で教鞭をとる傍ら、コロナ自粛期間中自身が趣味で作ってきたインスタグラムの料理アカウントが評判になり、それが地元グアテマラシティのテレビ局のプロデューサーの目に留まり、ニュース番組で料理コーナーを持つことになったパナマ人の男性など。 みんなコロナの中、悲観にくれるのではなく、自分の人生を自分で切り開いていこうとする力強さに心を打たれました。 ーーそういう方達って一緒にいるだけでパワーをもらえますよね! Ayumi:さらに、登頂後に見た火山の噴火も壮大で本当に美しくかったんです。夜の噴火の様子は、まるで赤い宝石が空に散りばめられたかのようでした。それと共に聞こえる轟音、感じる地鳴りも合わさって、全身で「私達は地球に生かされている」と感じさせられました。どう足掻いてもコントロールできない大自然に私達はただその流れに従うしかないのだなと改めて思わされました。 ーーよくある言葉かもしれませんが、自然の大きさが時に私たちが抱えている悩みの小ささに気づかせてくれて、気持ちが楽になることってありますよね。 Ayumi:はい。私もその光景を見ながらふと自分の日常生活のことを想いました。仕事、家族、恋人···日常抱える問題の8割方が人間関係の問題であり、これらに対して生じる、焦燥感、いらだち等の感情は「コントロールしたいのに、なぜできない」という心情から生まれるものだと。 他人の心など自然と同じくらいコントロール不可能なのに、なぜ私達はコントロールしようとし、自ら生み出した葛藤に苛まれているのだろう?と。雲の動き、風の音、葉の色の移り変わりなどがコントロール不可能なように、人間の動き、言動、気持ちの移り変わりも同レベルでコントロール不可能で、自然を見る時と同じようなフラットな気持ちで、これらを見るべきなのだと思いました。 そして他人の一挙一動が自分に影響を及ぼしそうになった時は、雨が降ったら傘をさすイメージで、自分をガードし雨が止むのを待ったらいい。「人間も自然の一部」なのだと気持ちを整理することができました。    Episode.2 セマナサンタ祭で見つけた光   ーー旅中にお祭りがあったのはラッキーでしたね! Ayumi:グアテマラにはセマナサンタという祭典が3月下旬にあります。これはキリストの生誕祭で、この祭典の目玉の一つが日本語で”絨毯”を意味する”アルフォンブラ”です。 これはただの絨毯ではなく、色とりどりの木屑や花、パンなどで一から作られます。高い技術が必要とされるのですが、それぞれ一般家庭によって作られているらしいです。 この技術は各家庭で代々子供たちに継承されているらしいのですが、グアテマラの人々は「子どもたちは国の未来を創る光」だと言います。それはスペイン語の「出産する」を意味する「Dar a luz...

【旅ブログ】モルドバ|Takae

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【旅ブログ】モルドバ|Takae  旅の動機   モルドバの「旧オルヘイの洞窟修道院」に行ってみたかったから。 Episode.1 60ドルのプライベートツアー   ーーモルドバって行ったことある人少ないかもしれないですね。 Takae:はい、あまり情報もありませんでした。とりあえず、行ってみようということで、現地には着いたものの、バスの乗り方もよくわかりませんでした。今回の旅の目的である洞窟修道院に行くために、現地ツアーが催行されていないかを街に出て調べ始めました。日本人に限らず、そもそも観光客自体が少ないモルドバには外国人向けのツアーが全くありませんでした。 ーーまだ、観光地化されてなかったんですね。 Takae:はい。それでも現地の旅行代理店を何件か訪ね歩いていると、あるお店で”プライベートツアーを作ってあげてもいいよ”と言われました。金額を尋ねると日帰りで120USドル。当時、ヨーロッパでも二番目に貧しいと言われていたモルドバではなかなかの金額でした。 ーー外国人プライスですね。 Takae:さすがに高いかなと悩んでいたのですが、お店のスタッフが”うちの会社のスタッフが、国内ツアーのパンフレットを作成したいので、写真が必要なのでそのもしスタッフを同行させてOKなら、更に半額にするよ”と提案してきました。私としてはただ同行する人が増えるだけで半額の60ドルになるならお得だと思いすぐに承諾し、翌日朝からプライベートツアーに申し込みました。 ーー確かにそれはラッキーですね! Takae:さらについていたのですが、宿泊していたユースホステルに戻り、リビングにいたアイルランド人の青年に修道院に行くことを話すと、60ドルの半分を負担するから参加させてくれと頼んできました。私はもちろんOKと伝え、結局元々120ドルだったツアー代を30ドルまで下げることができたんです! ーーなんかドラクエみたいでいいですね笑! Takae:ツアー当日は、迎えに来た車に私とアイルランド人男性と旅行代理店のスタッフ(モルドバ人女性)3人が乗りこみ洞窟修道院い向かいました。修道院はもちろん素晴らしかったのですが、そことは別に滝にも連れて行ってもらえたり最高の思い出になりました。一人で旅の最中、現地で知り合った旅人や、現地の方と旅をすることは貴重な出会いでもあり、本当に貴重な旅の経験になると思います。 Episode.2 水道水を飲めるということ   ーー海外だと日本の感覚で水道水飲めないですよね。 Takae:はい、海外旅行に出掛けると、結構日本のように安全に水道水が飲めない地域があります。私がモルドバへ旅に行った頃は、首都キシナウ(キシニョフ)界隈で水道水を飲むことは、かなりリスキーだと知りました。近くの河川に化学物質が流れ込んでおり、その水を使っているとのことでした。真偽のほどは定かではないですが、ミネラルウォーターを飲んだ方が無難だと思い、お店で買うようにしていたんです。 ーー日本ではレストランなんかで飲料水が出てくることは当たり前ですが、海外ではそうでないこともありますよね。 Takae:はい、昼間は町を歩いるときに通りかかった店でミネラルウォーターを簡単に購入できました。しかし、夜中は治安の問題からあまり外に出掛けたくなかったので、常に余分にストックしておかないといけなかったのでちょっと面倒でした。また、ミネラルウォーターの値段が、物価に比べて安いわけでもなかったので水問題を何とかしたいとずっと思っていたんです。そんな時、たまたま通りすがった店の棚に通常の半額くらいのミネラルウォーターのボトルが並んでいることに気がつきました。 ーー半額はちょっと怪しいですね笑。 Takae:何が違うんだろう?と思ってルーマニア語(モルドバの言葉)で書かれているボトルのラベルを見ていたんですが、知らない単語だらけで読める気がせず諦めました。それでも安かったので、ひとまずその水を購入して、泊まっていたホステルに戻り、宿の共有スペースに座っていると、そのボトルを見た宿泊者の外国人が一言、”水道水、買ったんだね”。最初は想像もしていなかったので、何を言われているにかわからなかったのですが、ラベルにあったTap waterという文字を指さし教えてくれたんです。 ーーあ・・・笑。 Takae:まぁ買うときにTap waterその文字に気づいていたとしても当時はtap...

【旅ブログ】ブラジル|Momo

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【旅ブログ】ブラジル|Momo 2010.10 旅の動機   【サンパウロ→アマゾン→フロリアノポリスへの旅 】 当時ブラジルで青年海外協力隊として働いている知り合いがいたから。ずっと前に父親の仕事の関係で知り合った方がブラジルにいることもあり、人生初のブラジル&女バックパッカー1人旅を決意。 Episode.1 人生初のターザン   ーーアマゾンへの旅で印象に残っている出来事を教えてください! Momo:はい、アマゾンは高校の地理の授業で熱帯雨林について学んでから、ずっと「いつか行ってみたい!」と思っていたんです。アマゾンでは今からお話しようと思っているジャングル体験以外に、釣り体験をしたり、朝日を楽しんだり、現地のマーケットを巡ったり天然のマンゴーを味わったりと、アマゾンにいるからこその体験をすることができました。 ーーまさに自然の恩恵を受けた体験ですね。ジャングルでの経験について詳しく聞かせてください。 Momo:ただひたすらジャングルの中を歩いて行ったんです。道中では、ゴムの木から樹液が流れ出るところを見たり、かわいいお花に遭遇したり、天然の木の実やキノコを見たりすることができました!手のひらくらいの大きさのクワガタも発見しました。 ーーそんなに大きなクワガタがいるんですね。 Momo:そうなんです。人生であんなに大きなクワガタを見るのは初めてだったので、とても印象に残っています。他には、途中で現地のおじいちゃんが竹を切り始めたので何事かと思って尋ねてみたら、ジャングルに生えている木で掃除用のホウキを作ろうとしていたんです!なんだか面白いな〜と思いましたね。「掃除の時に便利なんだよ〜」と笑顔で語るおじいちゃんが印象的でした。 ーー道中いろんな出会いがあってとても楽しそうですね! Momo:はい、そして最後には、ジャングルの中に小さな小屋と天然ロープを発見しました。なんだか見たことあるなと思ったら、テレビアニメで見たターザンでした!ワクワクそわそわしながら体験してみると、すごく気持ちよくて。最高の思い出になりました! ーーとても楽しそうですね。いつか行ってみたいです! Momo:アマゾンには宿泊宿もあるんです。滝も絶景ですし、本当にオススメの旅先です。 Episode.2 ミュージアムの空きスペース   ーーブラジルといえばサッカーという印象がありますが、サッカー関係の観光名所などには行かれたんですか? Momo:はい、サンパウロのサッカーミュージアムに行きました。生まれも育ちも広島市内の私は、サッカーより野球が好きだったんです。なのでサッカーに関してはワールドカップの情報をニュースで見るくらいだったのですが、サンパウロに訪れた際、現地の知人にぜひ!と言われていたので行ってみました。当日はスタジアムの前で待っている人が大勢いて、雰囲気的にブラジル国内から団体でやってきた観光客だったと思います。朝からその場でサッカーのリフティングの練習をするくらいに元気でした。 ーーサッカー熱が伝わってきますね笑。 Momo:ミュージアムに入場してみると、早速サッカーのグラウンドが見えます。限定版のサッカーボールを見たり、ミュージアム内の壁一面にサッカーに関する掲示があったり。とにかくサッカー尽くしでした! ーーサッカー好きにはたまらないかもしれませんね。ミュージアムで特に印象に残っていることってありますか? Momo:はい、あります!「これからももっといろんな人が活躍してサッカーの歴史を残していくと思うから、その人たちの歴史を紹介するためにこの空間をあけてるんです。」 という、ミュージアムで現地のガイドさんが語ってくれた一言です。 ーー素敵な考え方ですね。...

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