※この記事では、浦野を「祥吾」、井桁を「ハンさん」と呼び合っています。
バングラデシュでの濃密な3日間を終え、私は次なる目的地、インドへと向かった。コルカタの空港でハンさんに合流。
今回の旅には、もうひとつの目的があった。試作段階のバックパックを背負い、過酷な環境下でどれだけストレスなく旅ができるかを確認する「フィールドテスト」だ。私たちは地図を広げ、紅茶の産地として名高い「ダージリン」という名を見つけた。「本場でダージリンティーを飲もう」。そんなシンプルな好奇心だけを胸に、北へと向かうことに決めた。
「たらい回し」という名の洗礼

コルカタの街は、呼吸をするのも苦しいほどの湿気と熱気に包まれていた。ダージリンへの足掛かりとなる都市、シリグリ行きの列車チケットを手に入れるため、私たちは駅へと向かった。
しかし、ネットの情報は役に立たず、駅員らしき人に尋ねてもあちこちへたらい回しにされる。うだるような暑さの中、全身からは滝のような汗が吹き出し、体力をじりじりと削っていく。 「便利さ」が当たり前の日本とは違う。ここでは、何かを成し遂げるたびに、全身のエネルギーを使い果たすような覚悟が必要だった。
泥河へのダイブと、突きつけられた現実

駅のすぐ隣を流れる川。それはお世辞にも綺麗とは言えず、生活排水がそのまま流れ込んでいるような、独特の臭いを放っていた。 あまりの暑さに耐えかねたハンさんが、川で水浴びをする現地の人々を見て言った。「俺も入りたい」。
「絶対にやめておいた方がいいですよ」と止める私をよそに、彼は笑って答えた。 「大丈夫だよ。入らないと祥吾も絶対後悔するよ」 荷物を私に預けると、彼はパンツ一丁でその泥色の川へと飛び込んだ。自慢げに泳ぐ彼の姿を見ながら、私は「ああ、この人は本当にハンさんらしいな」と、呆れを通り越して妙に納得してしまった。
その後、列車の時間まで体を休めようとKFCへ入った。冷房の効いた店内で、向かいに座ったハンさんの顔を見て、私は思わず声を上げた。 「……ハンさん、目が真っ赤ですよ」
「えっ」と驚き、鏡を見て焦り始めるハンさん。急いでトイレに駆け込み目を洗っていたが、時すでに遅し。その後の旅路で、彼はしばらくの間、発熱と頭がぼーっとする倦怠感に悩まされることになった。
私が後から「後悔してます?」と聞くと、あの時の勢いはどこへやら、「……入るんじゃなかった」とすっかり弱気になっていた。申し訳ないけれど、そのギャップに少しだけ笑ってしまった。
ぎゅうぎゅう詰めの車を越えて

体調不良のハンさんを抱え、私たちはなんとか列車に乗り込み、シッキム近郊へ。そこから現地で乗り合いの車を予約したが、ここでもインドの洗礼を受ける。 8人乗りの車に、無理やり詰め込まれたのは10人。文字通りぎゅうぎゅう詰めの状態で、私たちの相棒であるバックパックは、車の上に無造作に縛り付けられて揺られていた。
辿り着いた先の一杯

険しい山道を越え、ようやく辿り着いたダージリン。 標高が高く、これまでの湿熱が嘘のように涼しい空気が私たちを包んだ。お目当てのダージリンティーを口に含んだ瞬間、これまでの混沌とした道のりが全て報われたような気がした。
苦労して手に入れたチケット、泥河での失態、ぎゅうぎゅう詰めの車。 スムーズな旅では決して味わえない、この「辿り着いた喜び」こそが、本場の紅茶を世界で一番美味しい飲み物に変えてくれた。
旅は、思い通りにいかないからこそ、面白い。 真っ赤な目で紅茶を啜るハンさんを見ながら、私はそう確信した。